Grand Story
THE GRAND STORY #3
対談インタビュー小木戸 利光 × 越智 敬之

本来の心と身体に出会う
「IGNITION」のシアターワーク

“未来を拓く最善の戦略は「活き人」で在り続けることだ”——次世代のリーダーを志す人たちを対象とした人材開発プログラム「IGNITION」は、一人ひとりが本当の在り方(Being)を見つけ進む為の機会を提供しています。

今回は、「IGNITION」2日目と5日目の“シアターワーク”を担当した小木戸利光氏を招き、シアターワークがもつ可能性について語り合いました。

TOSHIMITSU KOKIDO 小木戸 利光

TOSHIMITSU KOKIDO
小木戸 利光

アーティスト / Theatre for Peace and Conflict Resolution (TPCR)代表

英国ノーザンブリア大学 演劇・パフォーマンス科 修了。 「世界の声なき声に耳を澄ます」をテーマに、アーティストとして、音楽、文芸、パフォーマンス作品を発表するほか、俳優として、映画、ドラマ、舞台に出演。 主な出演作に、長崎の被曝2世の葛藤を描いたNHK「あんとき、」(主演)TBS「報道特集」密着ドキュメンタリー。 著書にエッセイ集「表現と息をしている」(而立書房)がある。  TPCR代表、シアターワークの実践家として、大学などの教育機関や企業において、平和学、紛争解決学、コミュニケーション研究、身体心理学、身体知などを文脈として ボディワークや演劇手法を用いたワークショップ型の講座や講演を行うほか芸術療法としてのドラマ・ムーブメントセラピーを施す。

なぜ今の時代に、シアターワークが求められるのか

越智:まず、小木戸さんの活動について教えてください。

小木戸:Theatre for Peace and Conflict Resolutionの代表として、シアターワークという演劇や芸術表現手法を用いた教育研修プログラムを提供しています。シアターワークの醍醐味は、演劇ワークやボディワークや内観とともに、自分本来の生き生きとした心と身体を取り戻していくことにあります。自分自身、そして、他者へ慈悲を向けていきながら、自分として人とともに生きること、人や環境を洞察すること、受容すること、共感すること、自分のなかに眠っている創造性を育んでいきます。

越智:本当に興味深いですよね。僕がIGNITIONを立ち上げるとき、活き人を増やしていくうえで、身体を使ったノンバーバル(非言語)コミュニケーションの講座は、絶対に取り入れようと思っていたんです。だから小木戸さんとのご縁に恵まれたことは本当に幸運でした。

現代は文明が発達し、便利なことが増えた一方で、身体を使う機会が減って、自分の身体感覚や心の声を聞くことが難しくなっていると感じます。特にビジネスのフィールドでは、課題解決の為に左脳での分析思考に偏ってしまいがち。そんな中だからこそ、今求められているのは、本来の直感や感情を大切にする人間らしさを取り戻すことだと強く感じます。そのきっかけとして、身体を使ったシアターワークがあるのではないか、と考えてきました。小木戸さんはどう感じていらっしゃいますか?

小木戸:そうですね。科学が重んじられるあまり、実際に手足を動かしながら生きて学んでいく身体的な実践は、私たちが現代社会を生きるうえで失いつつある大きなものの一つではないかと思います。人が心を開きながら、素顔を合わせ、お互いに安心できる場をつくりあげて、ともに手足を動かし、お互いを感じ合う・理解し合うような場は、今の社会のなかにどのくらいあるでしょうか。

成果が過度に求められる社会のなかで、何かにずっと追われているような不安を感じている人や、「ありのままの自分でいるなんて許されない」という恐怖や無力さ、不安を抱えている人が大勢います。

その重くて硬いフタを一つずつ外していき、本来の自分自身を取り戻してゆく実践の一つに、シアターワークがあります。心と身体の声に耳を澄まし、それらを丁寧に聞きながら、自分自身を制限しているもの、抑圧しているもの、押さえ込んでいるものに気がつき、やがてはそれらを解き放ってゆきます。その時、人は大きく変わります自分でも知らなかった新しい自分自身に出会い、生まれ変わったような体験をする人もいるでしょう。

自分にも他者にも優しくなれる“慈悲のワーク”

越智:IGNITIONでのシアターワークでは、受講生の状態に合わせて、数段階に分けたワークをされていましたね。改めて、それぞれのプロセスにどんな意図があったのか、聞きたいです。

小木戸:シアターワークで大事にしているのは、お互いが安心してありのままでいられる場づくりです。ですから、参加する皆さんが安心して心を開いていけるように工夫して、段階的にワークを重ねていました。

シアターワークでは最初に、心臓の鼓動に耳を澄ますワークを行います。命がある限り、私たちの心臓はいつなんどきも、命を響かせながら、私たちを前へ進ませてくれています。まずは、自分の真ん中に“命の火”があることを感じてゆくのです。すぐに心臓の鼓動が感じられない場合は、胸の真ん中に手を当てたり、手や首などの脈を押さえてみます。

心臓の鼓動を感じることは、自分の命を尊ぶことであり、あらゆることはここから始まる、と僕は思っています。心臓の鼓動に耳を澄ましていくと、他者にも自分と同じく命があり、同じく尊い存在なのだ、と感じられていきます。自分自身、そして、他者の存在に慈悲を向けてゆく。メンバー全員が1つとなって、シアターワークの円=心と身体に安心安全な場を創りあげてゆきます。すると、一人ひとりの気持ちが落ち着き、身体を動かしていく準備が整っていきます。

越智:小木戸さんは、一人ひとりが心を開けるように、丁寧に導かれていました。また、次に行われた、2人1組のワークは面白かったですね。

小木戸:言葉を介さず、他者と身体でコミュニケーションを取っていくワークですよね。2人1組のペアになって、まずは1人が相手の額に手をかざした後に、その手をゆっくり動かしてゆき、もう一人がそれに導かれるような形で身体を動かしていきました。

面白いのは、どちらからでもなく、次第に呼吸が合わさって、まるで二人が同期しているかのように、おのずと共に動かされていくこと。相手のことを存分に感じ取りながら、時に思いやりをもって、手で相手を導いて、身体で応え合うことを続けていくなかで、“二人の呼吸”というものができてくるのでしょう。

越智:「恥ずかしい」や「できない」などのためらいを感じないくらい、小木戸さんのファシリテートで、参加者の気持ちは高まっていましたね。感受性豊かな小木戸さんだからこそ、作り出せる独特の空気をひしひしと感じました。

小木戸:ありがとうございます。1日目の最後には、キーワードをグループごとにお渡しして、そのキーワードが意味するものについて、それぞれに深く思いを巡らせていただき、最終的にそれを身体によって表現していくグループワークを行いました。「孤立」「循環」「蘇生」など、各グループはそれぞれに与えられたキーワードの意味を深く考え、物語に落とし込み、身体演劇として表現していく。皆さん本当にお上手で、まさに生まれながらのアーティストのようでした。

越智:僕はその様子、かなり興味深いと感じましたよ。演劇の経験者は一人もいないのに、30分間の準備時間で、ほぼ即興劇が成立していた。それまでに行ったワークを通して、メンバー間に、言葉を超えた信頼が生まれていたからでは、と思います。「私はここでこう動く」「じゃあ僕はこうする」とトントン拍子に決まっていて。

シアターワークの醍醐味として話してくださった、身体を動かして表現することを通じて、創造性や受容力、共感力、コミュニケーション力などが育まれていく、という意味が分かったように思います。言葉を使わないからこそ、身体いっぱいで「伝えよう」とするし、受け手も集中して「受け取ろう」としていて、空間全体に愛や思いやりが溢れていました。

小木戸:シアターワークは、自分自身にも他者にも優しくなれる慈悲のワークなのです。そして、育まれる、というよりは、“本来自分自身にあったものを取り戻していく、本来の自分自身に出会う”と言えると思います。たとえば、心と身体の声を聞く、感じるということは、人間の根源的な感覚ですものね。

越智:そうですよね、現代社会を生きる上で閉じてしまっているだけだと僕も思います。また、ワークの後は、劇のテーマを聞かされていない受け手が、どんなテーマの物語だと解釈したのか、フィードバックをした時間がありましたが、「そんな解釈ができるんだ!」という発見や、受け手の想像力に驚きました。

小木戸:身体には、人の生き様や心の声など、その人の人生やバックグラウンドが現れていると思います。自ら表現しなくても、おのずと身体を通して表に現れているものがある。だからこそ、劇を見ていた受け手は、目の前の表現者の身体や人生そのものに触れながら、身体演劇の物語とその意味合いへの想像を大きく豊かに膨らませていったのでしょう。

越智:シアターワークが終わる頃には強い絆が生まれていましたよ。だから、講座終了後はみんな疲れているはずなのに「このまま帰りたくない」と言って、スタジオ近くの飲み屋に吸い込まれていきました(笑)。

小さな輪が、やがては社会に大きな変容をもたらすと信じて——

越智:今改めて、小木戸さんとご一緒できていることが本当に嬉しいです。IGNITIONが掲げる「活き人」とは、“制約条件にとらわれず、あるべき姿から考え、⾼い熱量で⾏動していく人たちのこと”。シアターワークを実践することで、自らの人間性や、湧き上がる熱量を取り戻し、活き人の本質に近づいていくだろう、と感じています。

小木戸:僕もその手助けができましたら、とても嬉しく光栄に思います。初めて打ち合わせをしたときから、越智さんご自身から、何か使命感に突き動かされているような、すさまじく熱いものを強く感じていました。直感的に「この人と一緒にやろう」と決めました。

今までシアターワークは、どちらかというとアートに理解のある方々に届けることが多かったのですが、越智さんとご一緒することで、ビジネスリーダーたちとの新たな出会いが生まれて、その広がりに豊かさと可能性を感じています。皆さんがシアターワークを実践することによって、皆さんにどのような変容が生まれるのか、とても楽しみです。

越智:そうですね。現状にモヤモヤしていたり、何か踏み出したいことがある人に是非この機会を体感してほしいと思います。自らの心の声に素直になって、自分を知り、人生のテーマや志を見つけ、人と繋がれる場がここにあると思いますから。

小木戸:周りを見ていますと、直感的に心が向かっていくことに対して、思いきって舵を切っていく人が、どんどんその後の人生の景色を変えています。一歩踏み出した結果、成功するのか失敗するのかは、誰にも分かりません。でも、アクションすることにより、経験が待っています。その経験そのものが、人生を切り開き、人生をあなただからこその深く豊かなものにしてくれるのではないでしょうか。

シアターワークは、たとえば、10〜20名ほどが、輪になって、ともにさまざまな身体的な経験を積み重ねていきます。世界全体の人数と比べると、豆粒ほど小規模に感じるかもしれませんが、この小さな小さな輪が変わってゆくことが、やがては社会に大きな変容をもたらしてゆくのだと思います。IGNITIONのプログラムで皆さんに出会えることを、心から楽しみにしています!

企画・インタビュー・編集:水玉綾 / 執筆:柏木まなみ / 撮影:中村創

この記事をシェアする